ゲーリー・カーの紹介

ゲーリー・カー(Gary Karr)

 

1941年、ロサンジェルス生まれ。9歳の頃からコントラバスを始め、ヘルマン・ラインスハーゲンのもとで本格的に研鑽を重ねる。その後、南カリフォルニア大学、アスペン音楽学校、ジュリアード音楽院等で学び、この頃からコントラバスの独奏楽器としての可能性に強い関心を示し始めた。61年、シカゴ・リトル交響楽団の独奏者に迎えられ、翌年にはバーンスタイン指揮・ニューヨークフィルでサン・サーンスの「白鳥」を独奏、世界中の注目を集めた。その後、ニューヨークのタウン・ホールでデビューした際、感銘を受けたクーセヴィツキー未亡人から同氏遺愛の1611年製のアマティを貸与される。

以来今日までソロ奏者として、シカゴ響、ロンドン・フィル、オスロ・フィル、チューリッヒ室内オーケストラ等と共演を重ねる一方、超絶的な技巧を見せるにとどまらず、音楽を楽しみ、楽しませるという理念のもとに幅広くコンサート活動を続けている。

1983年には、「カー・ダブルベース財団」を設立。才能ある若いアーティストたちに無償で楽器を貸し出している。


京都芸大の学生の頃、師匠の西出先生に、「南出君!君はゲーリー・カーっちゅうアメリカのバス弾きを知っとるか?」と聞かれ、一枚だけ当時の日本で出ていたレコードを勧めて頂きました。

ちょうど、その時勉強していた「エクレスのソナタ」をそのレコードで聞きました、、、、、、『何じゃコリャアー!』でした。スピーカーから流れてくるゲーリーの音は圧倒的なパワーと豊かな音色で私の貧弱な心と耳を打ち砕きました。

初めての彼の来日、日比谷公会堂に楽器を担いで、アポ無しで楽屋へ、、、、、「あんたそりゃ、 むちゃくちゃやー!」と関係者にののしられながら、弦楽器の山本さんや、その時共演されていた、ヴィオラの西川氏のお力添えでなんとかゲネの合間でレッス ンをしてもらいました。(しかもステージで!私は、廊下の隅っこでよかったのに!)

 

極度の緊張で何を言われたかはっきりとは覚えていないけれど、記憶に残っているのは、エンドピ ンを高く、楽器をまっすぐかまえること、駒よりを弾く、弓は出来るだけゆっくり動かす、松ヤニが多すぎる!ビブラートを大きく!など等など!多くの方々に 多大なご迷惑をおかけして帰阪!

 

翌年、在籍していたテレマン室内管弦楽団の延原氏を焚き付けて、定期のゲストでゲーリーの招聘 に成功!ボッテジーニの2本のコントラバスの為のグランド・デュオを演奏させて頂きました。ゲーリーにも僅か一回のレッスンで私の言った事を良く理解でき たとお褒めの言葉を頂きとても幸せでした。

その次の年にカナダのゲーリーの講習会に勧められて参加、以後、私が主宰するライツ室内管弦楽団や、日本バスバンド、九州なかまバスバンド等で共演し伴奏者のハーモン・ルイス共々、折にふれ親交を深めさせて頂いて今日に至っています。

彼の一番好きなところは、コントラバスの機能を聴衆に聞かせるのではなく、コントラバスと云う 楽器を使って音楽を聴衆に聞かせることだと思います。日本では、コントラバス弾き同士の中での評価が重用しされがちですが、やはり聞き手の事を一番に考え それの為に創意工夫と鍛錬をし続けているゲーリーを尊敬してやみません。

いつまでも元気で弾き続けてほしいと心の深淵から願います。

2008年
ゲーリー・カー氏の自宅スタジオでゲーリー、ハーモン、百合花(ライツ室内管弦楽団メゾソプラノ)さんで『BASSIC LOVE』のCDを制作。
昨年2012年に大川宏明氏の監修で完成!

ゲーリー・カー氏とハーモン・ルイスと
百合花さん BASSIC LOVEのCD制作
ゲーリーCD1 ゲーリーCD2